秋あがり、冷やおろし―じっくり楽しみたい、日本酒も実る秋の味わい

秋あがり、冷やおろし―じっくり楽しみたい、日本酒も実る秋の味わい

「実るほど こうべを垂れる 稲穂かな」。

人徳についての言葉ではあるが、お米の収穫はもうそろそろ。日中の残暑は厳しくとも、マツムシや鈴虫たちの鳴き声を聞くと、秋を感じ取れる。風鈴やせせらぎ、虫の音など、音で涼を感じ取る文化があるが、これは日本人ならではで、欧米の人にはないそうだ。お酒で四季を感じ取るのも日本ならでは、いよいよ日本酒も秋の頃である。

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秋の日本酒、「秋あがり」「冷やおろし」

「秋あがり」「冷やおろし」秋の日本酒
(画像出典)pixta

まだ冷蔵技術が普及していなかった昔は、常温の酒を「冷や」と言っていた。「冷やおろし」はひと夏を越えて、涼しさを保った蔵と同じくらいに外気も涼しくなる頃に、出荷前の火入れをせずに「冷や」のまま卸したことに由来する。

その中でも、うまく熟成し、美味しくなったものを「秋あがり」という。ちなみに熟成がうまくいかなかったものは「秋落ち」と呼んだりした。今は季節の先取りが進んで、早いものではお盆過ぎあたりから出回り始めるが、冷やおろし、秋あがりのどちらにせよ、ひと夏の時を経て熟成された秋の酒は、旨味やまろやかさが増し、コクが深まってくる。

少しだけ熟成のお話しをさせていただくと、一つは酵素や微生物の働きなどによる質の変化がある。これは難しい話なので「旨味がのる」という言葉にギュッと詰め込むとしよう。

もう一つについては、焼酎の「前割り」をご存知だろうか?焼酎を水で割ってその場で飲むのではなく、それを一晩か二晩寝かせてよく馴染ませる、ひと手間かけた飲み方のこと。水とアルコールの大きな分子がそれぞれ細かくなり、水分子がアルコール分子を囲むように結合が進むことで、よりまろやかになるという変化だ。秋の日本酒にもそういう円熟味がある。

冷やで美味しい秋のお酒

脂がのったカツオや秋刀魚、アミノ酸たっぷりのキノコ、旨味を増すジビエ、おでんや鍋、晩秋にはチーズやクリームを使った料理など、テーブルが豊穣になる実りの秋には、旨味やコクが増した秋の日本酒が合う。お燗も映えてくる。今回は、そんな秋の日本酒を紹介させていただく。

なお、以下に紹介する銘柄は2019年までの出荷に基づいたものであり、2020年も同じとは限りませんので、ご参考の一助であること、予めご了承下さいませ。

『紀土 純米吟醸 ひやおろし』平和酒造

拙著の過去の記事でもたびたび紹介させていただいている紀土。新酒、春、夏、そして秋と、1年を通して飲んでいくと、季節の「らしさ」がわかりやすく表現されているのを感じる。ひやおろしは、少し熟したビワやみかんなどを思わせる果実香、すっきりした優しい甘味と柔らかい旨味。魚介から出汁の利いた料理まで幅広く合わせられる。ライトで穏やかな味わいは、日本酒初心者という方にもおススメしたい。


『明鏡止水 純米吟醸 吟織 秋あがり』大澤酒造

明鏡止水
(画像提供)ほりこし商店

酒米の王、山田錦40%精米の大吟醸の澱(おり)を絡ませた、微かなうすにごり。落ち着きと輝きのどちらをも思わせる香りは、チョコのような茶色に光沢のあるラベルの印象通り。穏やかな旨味のなかに、どこか爽やかな酸を感じる味わいは、紅葉を移す湖面のよう。つい杯が進んでしまう。料理やシーンを選ばず楽しめる。


『三井の寿 冷やおろし 秋純吟 Porcini』株式会社みいの寿

日本酒に馴染みがなくても漫画「スラムダンク」が好きな方ならピンとくるかもしれない、「三井の寿」。その秋の酒は、まさにポルチーニ茸のように香ばしく芳醇な香りで、食欲がわいてくる。バターやクリームを使った料理にも合わせたい。ラベルの印象に違わず、イタリアンとも相性がよい。


秋の酒でお燗の良さも見つけて

残暑の中にあって涼しさを感じる日には、ふと温かいものを欲するもので、コンビニではおでんの売上が伸びる日とされてきた。しかし日本酒についていえば、「日本酒は好きだけど、お燗はちょっと……」という方がけっこう多い。日本酒バルのマスターとしては大変残念なことだが、業界や飲食店の努力不足もあって、お燗に対する誤解やネガティブな先入観を生んでいることも否めない。

一つは、「旨い酒は冷やで、そうでない酒はお燗にしてしまえ」というような認識が、わりと広くあったこと。日本酒が、味わうためでなく酔うために飲まれていた頃のことだ。その時にお燗に出会った人は、よい想いがないかもしれない。

二つ目は、お燗の付け方が良くないこと。レンジや熱湯の湯煎で急激に加熱すると、アルコールのツンとした刺激が際立つ。刺激を求めるならよいが、お酒の旨味やまろやかさを引き出すのとは真逆になってしまう。残念ながら飲食店でもこれをやってしまっているお店はまだある。

三つ目は、「嗜好は変わるもの」という理解の不足だ。ビールやウィスキーを、人生の一杯目から美味しいと思えた人は少ないだろう。飲んでいるうちにだんだんと美味しいと思えてくるもので、ミョウガやブロッコリーなど、子どもの頃は好きでなかったが食の経験を積んでいくうちに美味しく食べられるようになった、ということも多いはずだ。前述の2つの理由も相まって、お燗から遠ざかってしまったままの方も多いようだ。体調や年齢、経験などで嗜好は変わるものなので、お燗に対しても焦らずゆっくり付き合ってもらえれば嬉しい。

『神亀 純米 ひやおろし』神亀酒造

お燗好きなら誰もが知っているであろう、神亀。全量純米造り(アルコール添加の酒を造らない)、そして熟成に取り組んできた先駆的な蔵だ。ふくよかで厚みのある米の旨味はお燗にするといっそう引き出され、酒屋さんを含め熱烈なファンが多い。

神亀の神髄は、冷酒ではなく常温~お燗だ。その中にあってこのひやおろしは、比較的ライトな飲み口で、お燗、熟成酒の入り口としておススメしたい。すでにお燗ファンであれば、他の神亀もぜひ試して欲しい。


『惣誉 ひやおろし 生酛 特別純米』惣誉酒造

「生酛(きもと)」「山廃(やまはい)」という言葉を聞いたことがある方もいるかと思う。自然の乳酸環境で醸す、大変手間のかかる製法で、独特の酸や「どっしりした」という印象を持つ方も多いかもしれない。

兵庫県産特A地区の山田錦を使った惣誉(そうほまれ)は、エレガントな生酛。冷酒で飲めば強さとしなやかさのどちらも感じるコク、お燗にすると酸が表情を出し、キリッとする。脂を切るキレがあるのでジビエを含む肉などにも合わせたい。


『白隠正宗 秋あがり 生酛純米』高嶋酒造

「焼魚をみると白隠正宗(はくいんまさむね)が欲しくなる。白隠正宗を飲むと、焼魚が食いたくなる」。昭和を知っている方なら、このフレーズに似たCMがあったのを思い出すであろうか。昭和の頃の、菊正宗のCMにインスパイアされて思わず出たフレーズだが、焼魚によく合うのだ。

静岡酵母らしいバナナのような香りは控えめで、優しい旨味がじんわり。お燗にすると旨味がボリュームを増す。脂がのった焼魚にちょっと醤油を垂らし、ゆっくりと一献。秋刀魚のワタの苦味もうまく包んでくれる。魚だけでなく、小じゃがいもの素揚げに塩を振っただけでもいい。素材に寄り添ってくれる。


自宅でお燗を付けるコツ

自宅でお燗を付けるコツ
錫の酒器(画像出典)写真AC

自宅のレンジで失敗しないお燗を付けるには、なるべく低ワットでゆっくり(500wで40秒から1分程度)温度を上げてみてほしい。まずはここから。お燗が好きになって、湯煎で付けてみたくなったら、今度はチロリ(日本酒を入れて温めるときに使う酒器)の素材にこだわりたい。少々値は張るがアルミよりも錫(すず)の方が、お酒の角がとれたまろやかな美味しさが引き出され、飲み比べると格段に違う。
そして温度。ぬる燗~とびきり燗と、温度によってお酒の表情も大きく変わる。お燗はお酒の加熱調理。奥深く、探求の楽しみは尽きない。

まとめ

私の日本酒の嗜好も随分と変わった。日本酒に出会った頃は、華やかで瑞々しいものや、新酒のピチピチとしたお酒を美味いと思っていたのが、徐々に落ち着きと深いコクある酒を好むようになった。そういう意味では、秋が最も楽しみな時期である。
実りの秋。実りとは成果。作物や動物、微生物たちが時をかけて体現した秋を、じっくり味わいたい。

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