立春朝搾りに詰められた物語ー酒蔵と酒屋の協働で生まれる日本酒ー

立春朝搾りに詰められた物語-酒蔵と酒屋の協働で生まれる日本酒-

酒は、物語で飲むものである。

「ピリッとした辛口の味わいは、イギリスのライフル銃マティーニ&ヘンリーを打ったときの衝撃のようだ」

これはカクテルの王様、マティーニの名前の由来の一つ(諸説あり)。王様というだけに逸話も沢山あって、「知ってる?マティーニってさ、」なんて言われると、逆三角形のグラスに注がれた一杯がいっそう美しく、そして特別に思えてくる(かもしれない)。知識をちらつかせながら距離を探る男、受け止めつつも距離を保つ女。そんな古風なゲームもまた、いとをかし。

話を元に戻そう。生産者の顔が見えると、野菜や米が一段と美味しくなる。おふくろの味が旨いのは、味わいの向こうにいる母への想いがあるから。グラスやお皿の向こうにある物語が見え、想いを馳せるといっそう美味しくなる。しばしば日本酒も、物語で飲むのである。

2月4日は立春。寒さが最も厳しい頃だが、大寒を過ぎ、いよいよ春に向かう節気だ。この日は、日本酒における一大イベント「立春朝搾り」の日でもある。テレビなどでも取り上げられることがあるので、ご存知の方も多いかもしれない。

「良い酒を 佳い人に」

そんなスローガンのもと、全国約120の蔵元、約1,700の酒販店で組織された日本名門酒会の企画で始まった「祝い酒」のイベントだ。正月からひと月、また祝い酒なのだが、ひと手間もふた手間もかけられているのである。

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立春朝搾りとは

立春朝搾りとは
(画像出典)楽天市場

立春朝搾りとは、立春の早朝に搾ったばかりの出来立ての新鮮な生の酒。地元の神主さんによって邪気を祓われためでたい酒であり、2月4日はそれを「その日の晩に飲める日」である。文字で表せばこれだけのことだが、ここに蔵元と酒販店の想いがぎゅーぅっと詰まっているのである。

立春の早朝に酒を搾る

立春の早朝に酒を搾る
(画像出典)PIXTA

これが実は大変なのだ。通常の酒造りは、発酵や熟成がすすみ、「よし!」となったら出荷する。誤解を恐れずに大雑把な言い方をすれば、出来上がりのタイミングは菌や酵母たちによる自然の力を、待つのである。

しかし、出荷日が2月4日と決まっている立春朝搾りは、「よし!」の品質をそこにピタリと合わせなければならない。早くてもダメ、遅くてもダメ。「間に合わなかったから、すでに出来ているこっちのタンクの酒でいいや」なんてわけにはいかないのだ。そのために蔵人たちは、昼夜を問わず温度管理や櫂(かい)入れを行うなどし、菌や酵母の働きを緻密に管理する。この管理の緻密さゆえに、最高級酒である「大吟醸を造るよりもしんどい」とさえ言われることもある、杜氏泣かせの酒だ。

また、蔵元は立春向けの酒だけを造っているわけではない。一般的にも重労働といわれる、厳寒期の通常のラインナップの酒造り。それに加え、並行してさらに立春の特別プロジェクトを担うことになる。

「今、仕事が大変な時期かと思いますが、もう一つ仕事をお願いします。ときどき徹夜になることもあるかもしれませんが、品質と納期は2月4日ちょうどに合わせてください」、こういう具合に照らし合わせたら、大変さの想像がつくだろうか。

酒販店も一緒に、みんなでやる

酒販店も一緒に、みんなでやる
(画像出典)PIXTA

2月4日に搾られた酒を一般のお客さんがその日の晩に飲むためには、通常の物流では間に合わない。だから酒販店は自ら蔵元まで出向き、一緒に手伝い、夕方までに酒を店まで持ち帰るのだ。

4日に日付が変わった後の蔵元には、立春朝搾りを販売する酒販店関係者が徐々に集まり、瓶詰めやラベル貼り、箱詰めなどを手伝う。蔵元を交えつつ、1年ぶりに集う同業者同士で「◯◯さんのところは商売どうですか?」「今年はどうだ?」とか、わいわいと、そして時には黙々と。
大量生産設備のある大手の蔵でもない限り、日本酒の瓶のラベルは手作業で糊付けする。寒いなかでの単調な作業は、違う辛さがある。眠い時間帯、疲れ。そういう時に仲間と作業の息を合わるリズム取りや鼓舞。こういうところから仕事唄や作業唄が生まれたんだなと、酒販店の人たちも酒造りへの想いを深めたりする。

余談だが、日本酒造りには酒造り唄というのがあり、作業時間を計る意味もある(ラベル貼りの作業唄は聞いたことがないが)。やがて夜が明け、早朝の暗く寒いうちから始まった作業が無事終わると、搾られた酒と一緒に、蔵元と酒販店関係者たちは地元の神主さんに無病息災のお祓いをしてもらう。
そして皆で朝食を食べる。朝食は蔵元によって様々で、蔵元の奥様たちが作る塩鮭に白米と味噌汁のような日本らしい朝食もあれば、近所の飲食店を早朝から開けてもらって振る舞うこともある。さらに余談だが、酒蔵では発酵に影響を及ぼす可能性があるため、納豆は禁物だ。

厳かで賑やかな蔵元と酒販店の協働を経て「今年も手伝ってくれ、ありがとう」「今年もよろしく」という想いを交わし、酒販店は、搾りたての酒を持って店までの帰路につく。車で、あるいは遠いところは新幹線で。
こうしてその日の夕方までに店頭に並べられる。蔵元も酒販店もお酒のプロだが、このような時間を一緒に過ごし、互いにそれぞれのプロになっていくのだろう。

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立春朝搾りは、日本酒の造り手と売り手による文化祭。

立春朝搾りは、日本酒の造り手と売り手による文化祭。
(画像出典)PIXTA

その日のために造られた生の原酒、自ら取りに行った酒販店でしか販売されない限定品、立春の日に邪気を祓われた縁起物ということもあるのだが、日本酒が造られ、店頭に並べられるまでの互いの成果を発表する日でもあるのだ。

酒屋さんに行って「立春朝搾りって、どんなお酒ですか?」と訊いたら、なんと答えてくれるだろう。造りの大変さを教えてくれるのか、搾りたての美味しさか、縁起物としての背景か、あるいは大変さなど微塵も見せずにいつもどおりに一本のお酒として紹介してくれるのか。いずれにしても、造り手と売り手の物語が、その一本にはある。

立春朝搾りの購入方法

2020年は44蔵が参加予定です。
<参加蔵元一覧>
https://www.meimonshu.jp/modules/xfsection/article.php?articleid=2100

立春朝搾りは、日本名門酒会に加盟している酒販店にて購入できます。各酒販店とも本数に限りがありますので、予約がおすすめです。
また、ネット購入の場合は、配送の関係で2月5日以降の到着になることがほとんどですので、到着日を確認しておきましょう。

※画像はイメージです。立春朝搾りの酒蔵の写真ではありません。

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