三重県の「たれ」のことを教えてくれたのは誰だったかな。
そうそう、阿佐ヶ谷のおかみさんでした。小さな酒場をやってる気さくなひとでね。話が盛り上がったんだった。
「ご出身、どちらですか」
「三重県よ。伊勢市」
「あ、伊勢神宮のあるところ！」
「そうそう」
「三重かぁ……食べもので名物といったら、どんなものがありますっけ？」
知らないひとに出会うと、私はこの手の質問をよくしてしまう。そうねえ……とおかみさんは考えてから、松阪牛に伊勢エビ、カキにハマグリ、伊勢うどんと続けて挙げてくれた。そう、三重県はゴージャスな名物が多いのです。
「あ、そうそう。伊勢のほうはね、たれってものがあるのよ」
「え、たれ？ 焼肉なんかに使う、あのたれ？」
「ううん。サメを干したものでね。たれって呼ぶんよねえ。今の人はあまり食べないかもしれないけど、私は好きよ」
サメを干すって、フカヒレみたいなものだろうか。知らないものはすぐに検索せず、あれこれ妄想するのが私は楽しい。しかし「サメのたれ」という響きは妙な楽しさがあって、一発で覚えちゃったな。
そして話は飛んで先日のこと。三重県の伊勢地方を仕事で訪ねたんですが、みやげもの屋さんで「鮫 タレ」と書かれた看板を見つけ、阿佐ヶ谷の夜が急に思い出されました。ああ、やっぱりあるんだなあ。
こちらがその現物。
要はサメの干もので、塩干しとみりん干しが定番のよう（写真のはみりん干し）。
伊勢神宮に捧げる供物、いわゆる神饌（しんせん）のひとつにもサメはなっており、伊勢周辺では大変古くからサメは食べられてきたそう。
「漁をしていると網にどうしてもかかるんですね。そういうサメをさばいて身を干して食べてきた、と聞きますよ」とは地元の海女さんの談。「たれ」という名前の由来は、干されて垂れているさまからとも。
さあ、サメのたれを炙ってみましたよ。食べやすい大きさに切って、オーブントースターで4分ほど加熱。みりん干しは焦げやすいから、ちょこちょこ様子をのぞきつつ時間を加減しました。なんとも食欲をそそるいい香り。
いただいてみれば、食感にしなやかさがあって、クセもなく食べやすい！塩気も甘みもきつすぎず、ちょうどよくてね。「おかずにも、酒のアテとしても伊勢や鳥羽では定番ですよ」と教えてくれた地元の方の笑顔がよみがえりました。ハイ、ビールが進みますー。きっとあのひとも呑んべえなんだろうな。
使用するサメの種類もいろいろらしいのですが、イラギザメと呼ばれるアオザメやオナガザメが使われることが多いよう。ちなみにイラギザメ、煮つけやフライにしてもうまいと聞きました。うーん、食べてみたいッ。
ちなみにサメのたれ、鳥羽市船津町の「ふれっしゅふーど いやさか」さんで購入しました。この店、前回のコラムでカキを焼いてくれた海女さんが「サメのたれを買うならここ！」とおすすめしてくれたのです。品揃え豊富、店員さんが皆フレンドリーで、鳥羽のおいしいものが手頃にギュッと詰まった良店でした。発送もしてくれましたよ。今後、旅が気兼ねなくできるようになったときのご参考まで。
また三重県ではもうひとつ、忘れられないものと出合えました。
上の写真はサンマのアラメ巻き。アラメという海藻、ご存じですか？ ヒジキのような味わいでコンブのように身幅があり、食感はワカメよりしっかりしているものの、柔らかさはあります。トータルでいうと、実においしく使い勝手のいい海藻。静岡の一部でも食べられていますが、もっと全国で人気が出ていいはずとずーっと思っているのです。
サンマのアラメ巻きは伊勢のすぐ下、鳥羽地方の郷土料理と聞きました。サンマやイワシの身をアラメで巻き、醤油と酒、みりんなどで煮つけるもの。これがね、実にうまかった。サンマのしっかりした味わいを磯の香りが包んで、なんとも佳肴でね。日本酒のつまみにたまらんのですわ。
鳥羽の取材中、地元の方に「サンマのアラメ巻きというものがこの辺ではあるそうですね」なんてお話をしたら、手作りのを分けてくださったんです。Ｏさん、本当にありがとうございました。とってもおいしかったです！
海の恵みと郷土の料理をいろいろといただけた鳥羽行になりました。まだまだ自由に旅行はむずかしい世の中ですが、三重・鳥羽は本当に風光明媚なところで、自然の織り成す状景に魅了されましたねえ。
また必ず、訪ねたい。強く思いましたよ。
おまけ。鳥羽を車で走っているとこんな看板が定期的に目に入ってね。そのたび食欲が刺激されてもう、たまらん。
