日本おつまみ漫遊記も1周年となりました!
ちょっとおめでたさを意識して、今回はアワビを使った料理を紹介させてください。醤油で煮つけられ、つややかな照りが出ているこちら、山梨県でお祝いの卓に欠かせない「煮貝」というもの。

「そう、特にお正月には欠かせません」
「もちろん高いから、おいそれとは買えませんけども(笑)。でもやっぱり、あるとハレの日だなあ…って思いますよ」
そんな声を、県人の方からよく聞きました。
そもそも海に隣接しない山梨県で、なぜアワビが定番料理になったのか?
昔から山梨では、水産物といえば静岡県の沼津あたりから運ばれてきていたよう。現代のようにクール便なんてありませんから、塩漬けにしたり乾物にしたりと加工するわけですよね。そんな中、アワビのおいしさを知ったある人が「なんとかこれを地元・甲州でも食べられるようにできないものか」と考え、研究した結果、アワビを醤油煮にして運ぶという方法が生まれたのだとか。誕生した時期ははっきりしませんが、一説に江戸時代の末期頃といわれます。

煮貝は2ミリ幅ぐらいにスライスしてそのままいただくんですが、私が面白いと思うのはキュウリが添えものとしてお決まり、というところ。
「キュウリとペアじゃないと煮貝という気がしない」
「醤油タレがしみたキュウリでチビチビやるのがうまいんです」
キュウリは欠かせないという人がね、とても多いんです。正直……私にはそれほど相性がいいとも思えないのですが(笑)、でもたしかにタレのしみたキュウリで日本酒をやるの、悪くないぞ。

先の煮アワビ、立派な肝(きも)も付いていました。山梨では「煮わた」の名で、単独でも売られてもいます。磯の香りが濃厚、日本酒を呼ぶのはもちろん、白ごはんのお供としても素晴らしいんですよ。
やっぱり煮わたもキュウリのスライスを添えるという人が多いよう。俗に「磯のアワビの片思い」なんて言いますが、思い人はひょっとしてキュウリだったのでしょうかね。野畑のキュウリじゃ、海のアワビは確かに片思いするほかない……なんて妄想しつつ、煮わたを肴にもう一杯。
冷蔵や冷凍技術、そして流通が発達して日本人全体が海の幸を日常的に楽しめるようになったのは、ここ50~60年ぐらいのことでしょうか。煮貝が生まれた頃は、生涯旅することもかなわず、故郷だけで過ごす人も多かったはず。そんな頃、山に住む人々がどれだけ海や魚介類へ思いを募らせたか。きっと私みたいな食いしん坊もいたと思うんですよね。「ああ、伝え聞く魚や貝を食べてみたい!」なんて熱望したんじゃないのかな、と。煮貝をいただくと、そんな昔の人々の声が聞こえてくるような気がするんです。