じんわり染み入る旨さ 広くて深いお燗の世界

じんわり染み入る旨さ。広くて深いお燗の世界

お燗。読者のみなさんはお好きですか?

飲食店を見渡すと、「日本酒が好き」という人でも冷酒が圧倒的に多く、コンビニにもお燗はない。雑誌では、お燗に向くよい酒とは「麹がしっかりしていて、米が溶けきっている酒」なんて載っていたりして、マニアックでどうもよく分からない。どうやらお燗は、入り口が狭い。

しかし、好きになって入り込むと、とても探求が尽きないほど幾通りもの道がある、まるでダンジョンのように広くて深い世界。寒さをしのぐために古くは奈良時代から、江戸時代には一般庶民にも飲まれていたというお燗。
今回は、お燗の基本を押さえつつ、広く深いところも探検してみたい。

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お燗は優しく、美味い

お燗は優しく、美味い
(画像出典)PIXTA

お燗は身体に優しい、という話から始めよう。
まず、飲めば身体が温まる。血管の拡張作用で血流が良くなり冷えの改善になるのだ。香りにはアロマ効果もある。そして、実は飲みすぎない。

お燗は酔いやすいと思っているかもしれないが、体温に近いからアルコールの吸収がスムース→飲んだ分に相応してちゃんと酔える→結果、飲み過ぎない、ということになる。逆に冷たい酒は、吸収が遅いため酔いが遅れてくる。だからつい飲み過ぎてしまう。お燗のほうがスローペースで飲める、というのもあるだろう(気のせいかもしれないが)。

しかしあれこれと御託を並べるよりも、結局は美味しいかどうか。
美味しい体験をしたことがない、という人も多いと思う。

でも大丈夫!美味しいお燗はまろやかで、苦味が隠れ、旨味が引き出され、優しくじんわりと体に染み入る旨さである。本当に上手いミュージシャンの歌は、アカペラやアコースティックライブで聴いても「いいなぁ」と心に響くもので、お燗の良さは、それに似ている。

もしそうでなければ、それはお燗に向いていないお酒だったか、お燗の付け方がいけなかったかだ。そこさえ押さえれば、お燗はちゃんと美味しくなる。

お燗に向くお酒、向かないお酒

お燗に向くお酒、向かないお酒
(画像出典)PIXTA

まずはごく簡単に表にしてみよう。

お燗に向くお酒 ・加熱処理されたお酒
・生酛(きもと)造り、山廃(やまはい)造り
・熟成されたお酒
お燗に向かないお酒 ・加熱処理されていないお酒(生・生詰・生貯蔵酒など)
・爽やか、華やかな味わいが特徴のお酒
※向くものもある

日本酒を飲み慣れていないと具体的な味のイメージが湧きづらいかもしれないが、いわゆる“フルーティで飲みやすい”と表現されるお酒は、お燗には難しいことが多い。これらはフレッシュさや果実様の甘味や酸味が特徴で、冷酒の方がお酒の良さが映える。もちろん例外もあるが、かなり上級編といえるだろう。

香りで大別するならば、お燗に向くお酒は「田や畑を思わせる香り(白米、餅、根菜類や大豆、ナッツなど)」「森に由来する香り(キノコ、木の実や木材など)」「お菓子を連想させる香り(バターなどの乳製品やビスケットなど)」などを感じることができる。これらはいわゆる“日本酒らしい日本酒”とイメージしてもよく、多くはコクや旨味に特徴があるお酒だ。

美味しいお燗の付け方

美味しいお燗の付け方
(画像出典)PIXTA

お燗にするお酒を選んだら、次に大事なのは付け方だ。マグカップに入れて高温のレンジでチン!なんてことをしては、どんなにお燗に合うお酒でも美味しくはならない。

お燗はゆっくり付けるべし

まず覚えてほしいのが、お燗はゆっくり付けるということだ。

これは、お肉を焼くときと同じ。熱々に熱したフライパンにお肉を置き、そのままずっと強火では、外は焦げて中は固くなり、美味しくない。お燗もこのニュアンスでいい。ゆっくりと中に温度を伝えていこう。

おすすめは湯煎

温度ムラの少なさ、温度調節のしやすさという点で、お燗は湯煎で付けるのが最もよい。
またその際のチロリ(器)は、錫(すず)製をおすすめしたい。イオン効果でお酒が格段にまろやかになる。ちなみに冷酒を飲む際も、錫のチロリでデキャンタージュすると明らかに違う。ぜひ試してほしい。

電子レンジなら低ワットで

前回の記事の一部と内容が重複するが、電子レンジを使うならばなるべく低ワットでゆっくり(500wなら40秒程度~)試して欲しい。なお細かいことだが、お酒もお肉と同じように、冷蔵庫から出したばかりか常温かで温まるペースが違うことにも留意したい。

「お燗に向くお酒を、ゆっくり付ける」。難しくない。これでじんわりと染み入る旨いお燗ができる。ちょっといい生ハムがあったら、お燗。豚の脂がじんわりと舌にとろける至福のとき。いい出汁を取ったら、お燗。優しい旨味がいつまでも口の中をふわりと満たしてくれる。これは冷酒にはない美味しさだ。これでお燗の美味しさと付け方の基礎を掴める。

ここから、徐々に世界を広げていこう。

お燗の温度

お燗には、

  • 30℃ 日向(ひなた)燗
  • 35℃ 人肌燗
  • 40℃ ぬる燗
  • 45℃ 上燗
  • 50℃ 熱燗
  • 55℃ 飛び切り燗

という具合に様々な温度帯がある。一度熱くしてから冷ます「燗冷まし」というのもあって、どれがよいかはお酒にもより、一概に言えないのがお燗の広くて奥深いところ。

どの温度帯でも旨いものもあれば、上げすぎると酸が目立ったり、低いと良さが引き出されなかったり、あるいは冷めるとより旨くなるものもある。

ひとつの目安だが、冷やで飲んで優しい味わいを感じるものはぬる燗あたり、どっしりとした骨格を感じるものは熱くしても味が崩れないことが多い。ぬる燗はじんわりとした旨味、熱燗や飛び切り燗は力強さをもたらすことが多い。料理や気分によってお酒と温度を変えて楽しめるようになったら、いよいよお燗ツウだ。
こだわりの強い酒屋さんなどは1℃単位で色々と試し、ベストのお燗を追求している。店主に尋ねてみるのもいい。

お燗の道は、奥深い

お燗の道は、奥深い
(画像出典)PIXTA

どのお酒を何℃にするか。これだけでも無数の道がある。しかしもっと深い道がある。ここからは上級編として進んでいこう。

生酒のお燗

生酒はお燗に向かないと言ったが、美味しくなるものもある。どういう生酒ならよいのかをラベル情報だけから見極めるのは困難だが、生酒のお燗は、火入れの酒にはない細かい味の要素を感じられる。例えるなら、小さなTV画面では見えなかったが、大画面で観ると細部にも気づきがあるような、そんなニュアンスだ。

にごり酒

にごり酒をお燗にすると、まろやかな甘旨味の中に乳酸感のような爽やかなアクセントが残る。酸味を立たせずに「旨味だけを優しく膨らませる」という感じで、人肌~上燗あたりで試してみよう。意外かもしれないが、チーズケーキとの相性を楽しむこともできる。

あえて熱くする

「味わいにエッジを効かせたい」というとき、あえて80℃位の熱い湯煎で付ける。酸味が立ってキレよく仕上がる。アルコールの沸点は約78℃であるため、長く付けすぎると、今度はアルコールの刺激が立ってくるので見極めたいところだ。

お燗→急冷→再びお燗

お燗道の一つのゴール。ベストと思った温度でお燗を付けても、ダラダラ飲んでいるうちに味がぼやけてしまうことがある。そこで、お燗にしたチロリを氷水に入れて急冷しお酒をキュッと締め、再びお燗にする。そうすると味わいが持続するということが、お燗道をいく者には経験としてあるようだ。

仕上ったお燗に、数滴足す

ウィスキーの水割りに、スプーン1杯だけウィスキーを足す。そうすることで香りや味の輪郭がくっきりする。同じように、仕上ったお燗に数滴、元のお酒を足してみると同様の効果がある。

お燗に向くお酒を、ゆっくり付ける

お燗の道は、奥深い
(画像出典)PIXTA

お燗には、何通りもの道がある。とても覚えられるものではない。しかし基本は「お燗に向くお酒を、ゆっくり付ける」、それだけだ。

再びお肉に例えると、焼く・炒める・蒸す・煮る・茹でる・揚げる、などの調理方法があり、素材や目的によって温度や時間、道具も違う。冷蔵庫にあるお肉を見て調理法と食べ方を日常的に選んでいる。そして、同じ素材のステーキにしても、焼き方によって美味しさが違う。
お燗も同様に、素材(そのお酒の特徴)と目的によって加熱方法を変える。同じお酒のお燗でも、お店によって味が違うことがわかることもあるくらいだ。

自宅にあるお酒を「今夜はどう飲もうか?」と考えるのは、お肉をどう食べるかと同じくらい自然なことであってよい。それゆえに、奥深い。「お燗はお酒の加熱調理」。某お燗専門店の大将が言っていた、目から鱗の言葉だ。

つまり、気軽にお酒の調理を楽しめばいい。お燗の世界の広さと深さ、楽しみは、きっと尽きることはないのだから。

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